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9月29日・黄笠・小説でも小話でもない、ただの妄想をつらつらと。
9月24日・黄笠2「つめたいて」
9月24日・黄笠1「あたためて」
9月20日・斎左之9「くちづけの意味」
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特技は何でもBL変換すること。
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試衛館時代
沖田宗次郎と土方歳三と近藤周助と島崎勝太
「愁霖」
宗次郎・九歳。
試衛館道場で、初めて土方歳三と出逢うお話です。
■■■■■■■■■
その瞳に、光を落としてやろう――
心を支配する寂しさは、雨を引き寄せる……
止むことのない、侘しい音
白く煙る、閉ざされた視界
涙があふれても、決して、目蓋で遮らなかった
その、瞳に……
心を突き破るほどの、烈々たる、光を――
■
白々と明けてゆく一日にふさわしい景色は、ない。
冬に近づくその空には灰黒の雲がどんよりと横たわり、しとしと……雨は音もなく降りてくる。
近藤周助は縁側に胡坐をかいて、馴染みになった日野宿名主 佐藤彦五郎邸の庭先が雨で染め変わる様を見ていた。
雨脚の強弱など微妙な変化に惚けていた周助の感覚を刺激したのは、朝稽古を終えたばかりの土方歳三だった。少し肌寒くさえ感じるなかを、稽古着を剥ぎ紺色の稽古袴を足にまとわりつかせながら、周助の視界に入ってきた。
歳三は周助に気付いていないのか、気持ちよさそうに天を仰ぎ、汗と火照った身体に雨を受けている。
「トシ、雨は好きか?」
おもむろに声をかけると、歳三は肩を揺らしはしたがゆっくりとこちらへ振り返り、敬意あふれる笑顔を向けてきた。
「雨……ですか。時と場合によりますけど、今は、好きです」
「そうか」
それきり周助は口を閉ざし、歳三の姿にある少年の姿を重ね――思いを沈めた。
『雨が好きなのです』
だから放っておいて――。今より幾分あたたかく大粒の雨に打たれながら、大きな瞳で周助が近づくのを拒絶したのは、まだ九つの少年だった。
周助が三代目を継いだ天然理心流の試衛館の内弟子となった少年は、いつでも笑顔を絶やさずに道場の仲間たちと騒いでいたが、その笑顔を見るたびに周助は首を傾げずにはいられなかった。
その答えを、あの雨の日に見つけてしまった。
そう、みつけてしまった――のだ。
苦しみに気付いてやる事も出来ずに……。
雨に濡れた赤い瞳が、忘れられない。
「先生」
歳三のように、未知の将来に瞳を輝かしているはずの子供が、もう幕を下ろしてしまった過去の闇を見つづけている。
「先生?」
こちらに顔を向けている周助の視線が感じられなくなった歳三は、ゆっくりと覗き込む。それに静かに合わせた周助は、深く呼吸するのと同時に目蓋を閉じた。
やはり、この瞳をあの少年に見せたい……そう思った。
「なぁトシ、また薬を道場まで届けてくれんか」
「薬でしたら、先生がお帰りになる際、持ち帰れば宜しいでしょ?」
「年寄りに帰りの荷物を増やさせるつもりか」
駕籠で帰るのだから荷物もなにも……言葉を飲み込んでみたものの顔に出てしまっていたのだろう、周助の片眉が吊り上る。
「どうせ出てくるのだろう? その時に寄ってくれと言っているんだ」
見透かされたばつの悪さに肩をすくめた歳三に、周助はもう一つ言葉を投げる。
「まぁ、早くせんと勝太にとられるかもしれんがな」
「とられる……?」
意味深げな周助の言葉に歳三は単語を繰り返し、興味しんしんに食らいついてきた。
「勝太も可愛がっているからなぁ。まだ子供だが今から育てて行けば自分好みに成長するし、何年か経てば身体も出来てくるだろうしな……」
まあ、言う通りにならないのが子供なのだがな――。周助の続けた言葉も耳に入らないくらい、歳三は怪しい妄想に目が回っていた。
(あ、あのかっちゃんが……、幼女を囲っている……。しかも、先生の承諾付きで――!!)
想像したままの歳三の反応に、周助は笑いを隠すのに必死だった。
■
出張指南のために訪れていた 佐藤邸を後にした近藤周助を追うように、行商姿の土方歳三は薬を詰め込んだ つづり を背負い、江戸にある試衛館道場を目指していた。
意気込んで門をくぐり、いま一番逢いたい相手――島崎勝太(近藤勇)のいそうな場所をくまなく周ったが、どうにも見つからない。道場に、私室に、炊事場に、厠に……かち合う者にも尋ねてみるが、はっきりとした答えを皆持ち合わせていなかった。
もう一度道場へと足を向けた歳三は、その途中、庭で一人素振りの練習をしている一人の少年に目を留めた。見かけない顔に挨拶がてら勝太の所在を尋ねようとしたが、あまりにも真剣なので声をかける機会を逸して立ち止まった歳三は、観てゆく中でだんだんと少年の素振りが気になりだした。
形は申し分なく綺麗だと思う。だがどうしても、ただ振っている――という感がしてならない。剣技において不可欠な《心・技・体》の〈心〉が少年の中に見て取れない……。
「あ、あの……?」
不意に、咎めるような幼い声が歳三の耳に届いた。木刀を下ろして息を弾ませている少年は、まじまじと行商姿の歳三を見ている。
「ああ、済まない。先生と島崎さんを捜してるんだが、知らないか?」
「先生でしたら所用があると言って、先程出かけられました。若先生でしたら――」
そう言って今まで合わせていた視線をスイッと外す少年は、見知った顔を瞳に映した。
「うわぁッ!?」
背負っていた つづり が急に重たさを増して、歳三は派手な音をたてて尻餅をついた。
「荷物も降ろさないで、何やってるんだトシ?」
上のほうから声をかけてきた勝太は、犯人のくせに悪びれる様子もなく、そんなことを言ってきた。
「かっ、かっちゃんッ!!」
「よ! 宗次郎。真面目にやってるのに悪いな。こいつが稽古の邪魔したみたいで」
「……かっちゃ――」
「トシもいつまで座りこけてるんだ? 私に用事があったのだろ?」
歳三の批難の声をかき消して、勝太は喋りながら自分の部屋がある方へと勝手に歩いてゆく。
見送るかたちとなった歳三はひとつため息をついて、少年に向き直った。
「悪かったな、邪魔しちまって。……宗次郎って云うのか? 俺は、土方歳三ってんだ。こんな姿してるけど、一応俺も先生に教わってるんだぜ」
「沖田です。沖田宗次郎ですっ」
子供らしい元気のよさに、歳三は破顔する。
「そうじろう、か……長ぇな。――よし、短くして 『宗次』 だ。な?」
一言ずつに近づいてきた少年は、歳三の座り込んでいる縁側まで来ると大きく頷いた。
「はい!」
そんな少年の――宗次郎の頭を歳三の大きな手が、乱雑に撫ぜた。
■
「なぁ、トシ。……もういい加減に機嫌直せよ」
夕食の席についた二人は、勝太がこの言葉を発声するまでのあいだ無言だった。勝太の部屋に用意された二人分の食事が双方の胃袋にすべておさまり終わる直前、歳三の様子を窺い見ていた勝太が 「もう限界」 とばかりに切り出した。
結局、歳三は縁側で倒されてから今まで、勝太に会う事ができなかった。
あの直後行った勝太の部屋にも本人は居らず、またあちこちと捜し回るはめとなった。諦めて道場で打ち合いに参加し、汗を流すために風呂を借りて出てきたところでようやく勝太と再会したのだ。
「汗を流してすっきりしただろ? 宗次郎に眩惑していた自分を倒すことができたんだろ?」
最後の汁を飲み干そうとした歳三は、突拍子もない勝太の言葉に危うく噴き出すところだった。
「――宗次に、眩惑ぅ!?」
「そう。あの時の宗次郎を見つめるお前の目は、危ないモノがあった……。怪しすぎるくらい、熱かったなぁ……」
感慨深げに遠くを見る勝太に、呆れ顔の歳三はひとつ訊いた。
「いつから居てたんだ?」
「急いで私を捜しているはずのお前が、それを忘れるくらい宗次郎に見惚れて足を止めたとき……ぐらいからかな?」
歳三の重たいため息は、外出先から戻ってきた周助の声で勝太には届かなかった。
「いや~、まいった。急に降り出してくるとは……」
食事をのせた脚付きの盆を片手に襖を開けた周助は、首に手拭いをかけて入ってきた。
外を垣間見ると、座った場所からでも部屋の灯りにあたって大粒の雨が降っているのがよく見えた。今まで気にならなかった雨音がうるさいほど耳につく。
「早かったな、トシ」
ドカリと腰をおろした周助はさっそく速食事にありつく。まず手を合わせ箸をとると、
「で、もう逢ったのか?」
歳三が訊きたかった質問の引き金を引いた。
「まだです」
「なに? 誰に逢うって?」
嬉々として身を乗り出す勝太に、歳三も顔を近づけて言った。
「かっちゃんが囲っているっていう幼女の事だよッ」
「私が……幼女を囲うぅぅ!?」
あまりの驚きに思い当たる諸々を巡らしてみたり、噛み締めるように歳三の言葉を復唱してみたりしたが、やはり身に覚えがない。助けを求めて彷徨わせた目が、ピタリと周助の顔に止まる。
「トシ、私は何も『幼女』とは言ってないよ。子供と言っただけで……」
「同じですよ。……かっちゃんの方が、よっぽど怪しい」
先程のあてつけとばかりに、勝太を責める。
「まぁまぁトシもそう熱くなるな。勝太は十にもならないその子を不憫に思って、兄のように振舞っているだけなのだから。……たぶん」
「たぶんってのは余計ですッ!」
思わず叫んでしまったが、勝太は一瞬頭に過ぎった答えのようなものを手繰り寄せた。――十にもならない不憫な子……。思い当たる節はないわけでもない。が、なぜ……?
見合わせた二人。周助はようやく答えを導き出した勝太に笑顔で肯定し、勝太はその答えが合っているのだと確信した。
だがしかし……。勝太は一つ腑に落ちない疑問に首を傾げる。
(何故、性別を隠すような言い回しをしているのだろう……?)
「腕よし、質よし、器量よしとくれば、まぁ…判らんでもないがな」
「で、結局のところ誰なんですか? もういい加減教えてくださいよ」
周助は味噌汁をズルズル音を立てて飲み、焦れる歳三の質問をわざとらしくかわした。
「………………………」
歳三は絶句した。と云うよりも、一日中歩き回った疲れに、いきなり飲み込まれた気分に脱力した。
つまり、自分は二人に遊ばれていたのだと解釈し、項垂れた。
「……もう、いいです……」
解決できない悶々とした深いため息を一気に出し切って、歳三は静かに部屋から出て行った。
■
気晴らしに厠へと向かう途中、歳三は庭先に人の気配を感じて立ち止まった。
まだ激しく降りしきる雨に、目を凝らす。先程まで居た部屋の灯り邪魔されて、焦点が夜闇についていけない。それに雨粒が追い討ちをかけるかの如く、幾重にも降り注いで気配の輪郭を隔ててしまう。
それでもようやく夜目に慣れてきた歳三の瞳は、はっきりと宗次郎の姿をとらえた。
「? おいっ、宗次……。お前、何してるんだ?」
薄い夜着をまとった宗次郎は、当たれば痛そうな大粒の雨を全身に受けている。
「……、――――――」
「えっ? なんて言ったんだ?」
地面を叩きつける雨音で、宗次郎の声がかき消される。
「……雨が、好きなんです」
(………!!)
縁側から宗次郎の居る庭に降りようとした歳三は、その場に渦巻いた空気に縛り付けられたみたいに動けなくなった。
かすかに聞き取れた宗次郎の声はなんと か細く、こちらへと向けられた視線はなんと強く激しいものなんだろう……。
昼間に見せたあのやわらかい笑顔は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。すぐに思い出せる――出逢いからそれほど時は経っておらず、あれほど印象深いものはない。
そう思うと、一瞬でも宗次郎の凄みにたじろいだ足が動く。何かに心を奪われ、正気を失ってしまった宗次郎の元へ、一歩、一歩。
「そうか、俺も雨が好きなんだ」
奇遇だな ――と言葉を続けながら両膝をつき、 宗次郎との目線を合わせた。拒むように俯こうとしたので頬を両手で包み込んで、無理やり上げさせると歳三は、
「――――――ッ!!?」
宗次郎の眦に唇をあてた。
「しょっぱい雨だな」
驚きを隠せない宗次郎の瞳に、歳三は舌を唇に這わせて意地悪い笑みをくれてやる。
小さな身体から体温を奪ってゆく冷たい雨から守るように、歳三は身じろぐ宗次郎を抱きしめて離さなかった。
■
「どうして、ちゃんと言わなかったんですか?」
「何を?」
「……じゃあ、質問をかえます。どうして隠してるんですか?」
「うむ……なんとなく。――では、私も訊くが、お前も気づいた時なぜ言わなかったんだ?」
「うー…ん……………なんとなく、ですかねぇ」
翌日の昼過ぎ、歳三は風邪をひいて熱にうかされていたその枕元で、《勝太が囲っている幼女》 と疑った『子供』が『沖田宗次郎』なのだと聞かされた。
=終=